「イノベーションのジレンマ」「イノベーションの解」の執筆者が、HBSの生徒たちといっしょに書いた裏付けのケーススタディ集、といったおもむき。このモデルが有効なのは、必ずしも、資本の流れが非常にダイナミックな世界だけではない。IT、通信、エネルギーなどの民間産業だけに適用できるモデルではないのだ。
たとえば、郵政民営化の背後にある資金のことを考えてみる。
これまで特殊法人に流れていた資金の、膿んだ部分が明るみに出て、その資金還流経路が絶たれたあと、資金は明るみでしか動かせなくなるわけで、闇の経路で特殊法人に流れていた「資本の非消費」から一気に「破壊的資金供給」が起きると想定すると、充分に、官民の間で、「資本の破壊的イノベーション」が起きそうだ、という風に読めないわけではない。まあ、夢を持って、そう考えよう。
クリステンセンの生徒たちは忠実にクリステンセン・モデルに沿って各業界を調査分析しているため前2著に比較するとかなりわかりやすくなっている。通信会社、VoIP市場、MBA教育を行なう大学教育マーケットとコミュニティカレッジ、航空機業界、マイクロソフトなど、取り上げている対象は多様。
前の記事でGoogle/マイクロソフトの話をしたので、この本の指摘にしたがってマイクロソフトについて考えてみる。
真正面からGoogleを滅ぼすような事業をマイクロソフト自身が起こせるかというと、意外と起こせそうにない、ということも、この本を読んでいるとわかる。唯一あるとすれば、巨大メディア/コンテンツ企業との連携を深め、Googleビジネスの源泉である「情報コンテンツ」の流れを止めてしまうことぐらいだろう。
実際、今日あたりのニュースには、マイクロソフトがタイムワーナーと連携、なんていう話がニュースになっていて、思わずクスリと笑ってしまった。しかし、メディアコンテンツを扱う企業はたくさんあるわけで、それらと均等に一気に協力関係に入るためには、Appleが音楽業界に対して行なったような、iPod売りのような仕掛けが必要である。つまり、Vistaに、有料課金のデスクトップニューススタンドみたいなものを作る一方、このコンテンツは一切、Googleに渡さないという排他的契約関係をあらゆるメディアと結ぶことだ。
しかし、それも穴が余りに多く、流出/吹き出しが多いために非常に困難だ。また、サービスビジネスで言うと、exchangeサーバの販売とサービス提供を両立させるという方針も、顧客の不満足(ウイルスメールやスパムなどのセキュリティ対応サービス、個人情報保護、従業員に対する監査業務など)をすべて責任を持って実施するのは、サービス提供側としてむずかしい。
単純に、Exchangeサーバを買って自分で管理するよりは楽かもしれないという狭い範囲での比較に基づく利便性しか感じられない、当面は。
クリステンセンが提起したイノベーションモデルは、活況を呈している世界ではたしかに有効性が高い。しかし、こうしたダイナミックなクリステンセン・モデルの有効性の範囲は、ひょっとして意外に限られているのではないかと思う。
つまり、資本の流れもダイナミックになりがちの大企業〜新興勢力までの話ではないかと思うわけだ。
日本の多くの企業(中小企業・古典的大企業)はこうしたイノベーションのインパクトから無縁なまま、ひそかに生きている。さらに言うと、賢明にも、現在の利益構造を巧みに延命させていく結果、イノベーションも起こせないまま、じりじりと落ち込んでいくのが普通なわけである。ダメ業界、という言い方もできそうだが、ある意味、自然に成熟し、高齢化していく業界が大多数なのではないか。
そういうわけで、株/投資などをやっている一般市民だと、この本の視点はたぶん広く役立つのだろうが、実際に自分の仕事に役立てることのできる人は、ある意味、かなり特殊な仕事をしていると同時に、その中の意思決定に関与できる、特殊なステータスの人ではあるだろう。
それ以外の人が読んでも無意味、とまでは思わないんだけどね。
日本の多くの企業がこれから必要としていくのは、華々しいイノベーションモデルではなく、50年後には確実に訪れると予想される人口半減/超高齢化社会に向けて、ゆっくりと衰退していくことのできる軟着陸モデルなのかもしれない。
顧客数減少やマーケット縮小が絶対不可避とされた世界で生き延びていくサバイバルモデルなど、だれも作った試しがない。おい、日本人諸君。諸君らはそういう世界で生き始めているのだ、忘れるな。