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【2006.02.24 Friday 】 author : スポンサードリンク
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小泉首相 靖国神社参拝で思うこと
「靖国」カードが消える日というタイトルで、マーケットの馬車馬さんが小泉首相の靖国神社参拝について興味深い記事を書いている。総論、賛成であるが、しかし…。

個人的見解だが、靖国神社参拝についてはいくつかの軸が複雑に絡まっているように感じる。

1.信教の自由に関する問題
たとえば、私は個人的に神道を信じない。したがって、靖国神社が神道の神社としてあるために、今後も死ぬまで、参拝することはない。国家の代表たりうる人が、公人として靖国神社を参拝することにも、基本的に反対である。日本が、国家組織として神道を信仰するとか、神道のみを公的な宗教として認めるということに、一度も賛成したことがないし、今後も賛成することがない。しかし、私人である小泉がこれを参拝することには反対しない。自国の首相が戦死者に対する哀悼の意を持っていることに対して、その心情を強く支持する。

2.信仰対象についての問題
個人的に言えば、戦没者の中にA級戦犯対象者を加えることに、基本的には反対である。文字通り土となり、水底に眠る骨となった人々と、最後まで敵と一戦も交えることなく絞首刑になった者が、果たして、戦闘員として同じレベルで哀悼の対象となるのか。強い違和感がある。

さらに言えば、ここには、西南戦争における官軍兵士は祀られていても、西郷隆盛を含む「賊軍」が加えられていない点についても、これを是としない。東条の娘だかがテレビに出てきて、「死んだらみんな神様。これが日本の神道」と言っているのに対して、「賊軍」は神様にならないのかよと思って見ていた。神道が基本的に持っているこうしたいいかげんさが、容認を阻む。

また、戦没者の中に多数含まれている非戦闘員の死者について、国家としてその慰霊碑を持っていないらしいことに、たまらない思いがしている。

たとえば、長崎/広島の犠牲者や、一晩に10万人もの非戦闘員の死者を出した空前の虐殺である東京大空襲(http://www.ne.jp/asahi/k/m/kusyu/kuusyu.html)の犠牲者については、その慰霊碑も各地に分散され、地域単位でしか祀られていないことが納得できない。

ニューヨークの9.11で亡くなった非戦闘員(一般民間人)でさえ三千人前後、という数字。東京大空襲は、わざわざ木造の住宅密集地を選び、一晩に非戦闘員ばかりを10万人焼き殺した。貿易センタービル攻撃に換算すると33回分。空前の数の非戦闘員の女/子供/年寄りを焼夷弾で一気に殺戮したことになる。普通に考えてもジュネーブ協定違反だったろうし、言葉の本当の意味において、ジェノサイド=虐殺。戦争犯罪そのものである。

皮肉なことに、国家のとしての日本政府は、東京大空襲を発案し、木造の住宅密集地に住む民間人殺傷をねらった焼夷弾作戦の指揮者に、戦後、日本政府として勲章まで授与している。自衛隊への貢献があった、という話だそうだ。

個人的には、日本軍には、その作戦ミス/戦略不在の誤った指揮が原因になった敗走だけでなく、ほんとうに不可避の激戦地も多数あり、たくさんの戦死者を思うと、哀悼の意を禁じ得ないが、武器を持たない女/子供/年寄りを中心に、一晩で一気に10万人殺す、という例は、実は、長崎、広島の原爆の規模さえはるかに越えている。

軍隊同士の戦闘においても、24時間程度で10万人の戦死者を出した戦闘というのは、戦史的に見ても皆無ではないだろうか。戦史に詳しい人に、ぜひ教えてほしいものだ。

靖国神社は、こうした民間人死者さえも除外したところに存在している、極めて恣意的な神道宗教施設である。靖国神社のある場所は知られていても、戦いのさなか、不条理な形で亡くなったたくさんの非戦闘員犠牲者については、その慰霊碑の場所さえほとんど知られていない。なぜなら、近所全体が亡くなってだれも弔う人がいなかった上に、終戦直後の情報統制の効果は60年たったいまも有効に働いているからだ。
そして、日本人は、もともと、同胞を同胞とも思っていない人種だ。自分の回り以外は、全部、単なる他人。どうでもいいという風に考えて生きてきた。残念だが、これが現実だと思うしかない。


3.中国/韓国からの非難に関する問題
しかし、中国/韓国が、A級戦犯の合祀を口実に、首相の参拝を一斉に非難し、それを外交カードとして悪のり活用している現実は、長い目で見て、今後の友好関係樹立のためにも、百害あって一利なしと思う。
スジ論で言えば、「小泉は中国/韓国の政治家があきれるぐらい、毎日でも靖国に行け。次期首相も行け、行け」だし、「中国/韓国、黙ってろ」ではある。小泉首相には、このさい、SPを交えて皇居回りの早朝ランニングを実施し、週一回ぐらいの割合で、靖国神社に100円玉を投げ入れるぐらいな勢いで参拝してくれ、と言いたい。

それにしても、一晩で非戦闘員ばかり10万人の焼死。9.11の貿易センタービルの33回分殺されても、すっかり忘れてしまえる日本人、というものの生態を考えると、正直あきれるし、たぶん、「ふーん」ぐらいで済ましてしまいそうで、そういう人々の常識にあんまり染まりたくないな、と思う。東アジア(極東)は、しょせん、目くそ、鼻くそ、の類なのだろうか。

あれはひどい虐殺だった、という米国人の発言を聞いたことがあるし、そういう話は本にもなっているし、探してみると記録にもある。戦史をまとめているアメリカ軍人の戦史家の談話として、この作戦の非人道的性格をはっきりと口にした人の映像をみた事もある。

ところが、どちらかというと被害者側であるはずの日本人から聞いたのは、「軍国主義だったからしょうがない」「(アジアで?)あんなことやったんだから、しょうがないだろう」という発言か、「ふ〜ん」といういぶかしげな応答だけだ。

ブログでも同じなんだろうな、たぶん。

#追記
たまに立ち寄る大西宏のマーケティング・エッセンスさんが、この件について書いている。こちらのほうは、中国/アメリカの接近に注目して、「これでいいのか、日本の対中外交」という視点から、靖国神社参拝に批判的。
コメントをみると、やや炎上気味。大西さんの記事に批判的なものが非常に目立つ。ネットワークユーザー層の中には、特に、靖国神社参拝賛成派、というか、中国/韓国への反感を持つ人が急速に増えている、ということがよくわかる。まさに、日本人の頭の中にあるルールががらりと変わった、というか、だんだんキレてきた、ということ。この「キレる」というのも、なんだか東アジア的で、好きになれない。個人的には、「キレるアジア人」というと、韓国、中国、日本、って感じに連想されてしまう。比較的長持ちしそうなのが日本だろうと思うけど、一度キレると、なんか相当、タチ悪そう。

冗談はこれぐらいにして、

中国/アメリカの接近についてだが、このブログでもそれにはかなり注意していた時期があった。過去の歴史をひもとくと、アメリカ外交史のブレ方は並大抵のものではない。接近をしているように見えて、また、全然別の事情で、一触即発の状態が今後数年以内に来ることがあっても、なんら不思議がないのがアメリカ、でもあったりする。

それよりも注目しておきたいのは、ハーバード大学院の政治関連学科に大量の中国人若手官僚を受け入れる政策がずっと続いていること。9.11以降、外国人留学生の受け入れはかなり厳しくなっているが、それでもこの制度は続いているようだ。こういうのが一番すごいと思う。

基本的に中国/米国エリート層の心理的距離は世代ごとにますます近くなるのはたしかなのだけれど、こうした長期にわたる仕掛け作りが絶対に不可能なのが我が日本。まあ、気にしてもしょうがないだろう。
【2005.10.20 Thursday 14:16】 author : katz
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