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【2006.02.24 Friday 】 author : スポンサードリンク
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意思決定の基準とは
http://blog.japan.cnet.com/kondo/archives/002232.html

はてなの近藤さんの話。
最少単位のコミュニティ「夫婦」の対話と会社でのコミュニケーション能力の関係について書いている。

伝統的な感覚だと、家庭と会社を切り分けるのが美徳とされてきた。仕事の話を家に持ち込むな、という考え方である。
歴史的にみると、こうした考え方は、明治以降のものだ。士農工商の、士の持っていた風習が、そのまま明治以降のお役所やサラリーマンの基本として引き継がれ、「仕事を家に持ち込まない」という考え方がまるで日本の風習であるかのように言われてきた。

しかし、それは一般的な考え方ではない。街の商店や農村などでは、夫婦が協力して商売をもり立てていくのが普通の考え方だった。

はてな近藤さんの話の内容は「士」以外の視点から見た、本来の「農工商」的アプローチに近い。夫婦という単位で仕事の話をうまくできないような人は、会社でもコミュニケーション能力が低いかも、という考え方のようにさえ見える。

はてなは新興のIT系だが、外側から見ていると拡大の仕方/速度が不思議と地に足がついた感じがしている。それでもかなり早いのだが。

先日、芸能人と離婚したIT系の社長もいる。家族と会社、というものについての考え方が根本的に違うところがある。元芸能人の妻に仕事の話はしたくてもできなかったろう。
また、別のIT系社長の場合だと、夫婦である程度、いっしょに仕事の話をしていた時期もあったのだろうが、業態変化のある段階で離婚/分裂、というケースもある。

世の中のいわゆる「起業」というものは、創業メンバーの家庭生活とは関係なく、純粋無垢に、仕事の問題、技術の問題、組織の問題、マーケティングの問題として語られる。書店に行ってもそういう本は多々あるが、夫婦の延長線上の問題として語られた例はほとんどみない。家庭で理解をえないと仕事もうまくいかないよ、という追加条項はあるにしても。

そういう意味で、はてな代表者の話は、極めて特異なものであり、注目すべき視点だと思って見ていた。

しかし、そうした見方を、いまの20代や30代の人がどう感じるか。しばらくはコメントやトラックバックがつかない様子を見て、「ほうほう」と思って見ていた。


夫婦の対話についての話が会社での対話の話に展開していく彼の記事のことをどう考えていいのか、たくさんの人が当惑しただろうと思う。

今日になって、いろいろ見当違い(?)なトラックバックが付いて、ある意味、納得している。批判/罵倒する人、前半部分を「小さな話」として省略してコメントしてしまう人もいる。

失礼を承知で言ってしまうと、「わかんねーだろーな、ガキには」という第一印象である。ガキというのは、歳の問題ではない。目線の問題である。近藤さんっていう人のことを、僕は全然知らない。だが、あくまで直感的なものでしかないが、彼は、すべてのものの価値が奪われるような、そういう経験を青年期の早い時点で経ているような気がする。

親の極端な苦労や死であったり、自分や家族の大病であったり、とにかく、生死をさまようような体験であったり、そして、いま現在も、そういう家族がいるか、だったりすると思う。そうした目線から見ると、「会社ってこんなもんだろ」とか「金儲けってこんなもんだろ」的な見方が全部、嘘に見えると思う。これは、「価値剥奪的」と呼ばれたりする。

そういう意味では、ただもんじゃない、彼は。世の中の仕組みを全部、ハダカの王様に出てくる子供のような目で見ている。おおげさにいうと、生死の基準、幸福の基準から会社も生活も考えるくせがついているように見える。いま、その再構成=価値付与を、ゼロから考え、試行錯誤しつつ、すすめているのだ。僕にはそう見える。

経営の一端に参画した梅田さんもきっとすごくびっくりしたと思う。ゼロリセットした視点から考え直すくせのついた若い経営者を相手に、シリコンバレー仕込みの常識も日本の伝統的経営の常識も通じないはずだ。すべてをゼロから説明しなおさなけれならない。それは、常識と思っていることの仕組みの、根本のところに戻らないと説明ができない。

だが、彼の理解はとても早いと思う。若い芽がぐいぐい水を吸い込むように、ビジネスのロジックを吸収しているのだろうと思う。

某IT社長も、離婚してみて、自分の幸福がどこにあるのか、少しは考え直そうとしていると思う。結果は別として。誰でも、その瞬間死んでもいいような生き方をしておかないと、とんだ生き恥をさらすことになる。

なんのために孤独に耐え、なんのために金を稼ぐのか。スキの多い知性は、足元をすくわれる。人生は有限だ。多くの人が、自分の幸福にとって全然意味のないことを続けていくうちに、のたれ死ぬのだ。

追伸
ソフト開発現場での常識もふくめて、どんなにぶきっちょでも、基本ルールから考え直し作りあげる作業が、ある時点で、想像もできない勢いを持つ可能性をとても強く感じています。
【2005.07.28 Thursday 13:32】 author : katz
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【2006.02.24 Friday 13:32】 author : スポンサードリンク
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