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【2006.02.24 Friday 】 author : スポンサードリンク
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景気も利害も「国民」単位、「日本」単位では語れない
akillertさんのところから。

勝ち組、負け組には、中央vs地方、高齢者vs若年層、好況業種vs構造不況業種、高学歴vs低学歴、地主vs持たざる者、大企業vs中小企業、なんて、対立軸がいくつも見つかる。アナクロな経営者vs労働者の時代ではないのだ。

まったくその通り。

「ニッポン、チャチャチャ」とか「コクミン、チャチャチャ」というコンセプトだけでは、人々は納得していない。サッカーじゃないだから。アホかぁ、と思われる、ということ。

akillerさんのところのコメントにも書いたのだが、ここまで社会の各層の利害が分裂して見える時代というのは、僕が無知かもしれないが、いままでなかったのではないだろうかと思う。

また、カトラーさんは、造反議員たちの言っていることがまったく理解できないと言う。同感。私も、彼らの言うことがまったく理解できないのだ。

「国民」とか、「日本」という大きな枠しか語れない集団というのは、もともと、共有するものなどないのだ。あの顔ぶれだと、「同じ日本の国民でしょう」とか「同じ日本人でしょう」という、やや傲慢な、同意を強制してくる連中の顏しか浮かんでこない。

共有するものがない、というよりも、正確にいうと、人には語れない、どろどろとしたものしか、共有できていない、ということなのかもしれない。目先の連携というか、単なる権力闘争上の戦術的合意。

そういうものをいくら積み重ねても何も生まない、とういことをたくさんの人々がうすうす気づいているのに、そのことさえ想像できない頭になっている、ということが、逆に驚異的である。「欲」というものなんだろう。欲ぼけ、ということ。

しかし、誤解しないでほしいが、こうしたことが言えるのはあくまで短期的視点から、だけだ。つまり、長期的視点に立ったとき、これからの30年とか40年とか50年を考えていこうとすると、この国全体を視野に入れてものを考えていくしかないとは思う。

■50年後の日本

これからの日本の課題として高齢化社会ということがあるが、それを非常に具体的に見せてくれたコンテンツをぜひ紹介したい。私は、このグラフを見てから、強い焦燥感にかられるようになった。どんなテーマでblogを書いているときでも、このときの驚きが頭を離れない。

超現実的、しかし現実的に未来を考える

村井先生のところの公開講座として、その当時の総務省の人が特別講義をしている。時間があれば、ぜひRealPlayerで見てほしいが、つまるところ、以下の図がすべてを意味している。

2050年の日本
http://www.soi.wide.ad.jp/class/20020001/slides/07/13.html

このときの思いを、いまもずっと忘れることができない。2050年には、間違いなく自分は死んでいるわけだが、よほどのことがない限り、自分の子供たちは生きているはずだ。彼らの「日本」は、こういうぐあいだったりする。

今年から来年にかけて、日本の人口は減少に転じ、その数字が発表されるとニュースでもあれこれ取り上げられるだろう。そして、すぐに忘れさられるはずだ。なにごともなかったかのように。

このblogを見た人にぜひ忘れてほしくないのは、これが高齢化50年のスタートでしかない、ということ。人口減少も高齢化も、日本にいる限り少なくとも50年、ずっと続くわけだ。

■郵政民営化との関わり

どうしたらいいか?
国家レベルでは、もはや、大きな政府は選択できず、「小さな政府」を選択するしかない。公務員も早々に数を減らす必要がある。

郵便局に限らず、公務員削減以外に選択肢はなくなる。先送りをすればするほど整理される側の痛みは大きくなるはずだ。経済的な自立ができる部門、業務から、外注化や民営化は徹底的にすすめていかなければならない。そして、そのように、事態は動き始めている。

来年には、駐車違反の切符きりも民間に外注化されるわけだが、自衛隊の任務の一部だって、国際的な傭兵会社を利用して任務に当たる、といった極端な選択が必要になる可能性さえある。

外人労働者もたくさん増えざるを得ない。北朝鮮が崩壊したら、そこからの難民を一定程度引き受けるという選択肢が、将来の日本を待っているのかもしれない。

とにかく、これが、国家レベルで起きそうなことだ。

一方、個人レベルでは、資産、自分も含めた健康な家族,旺盛な学習意欲があれば、移民もいいかもしれない。

日本で生活を続けるなら、これからの貯金/資産形成で、常に上のグラフを思い浮かべて行動すれば、少しは違いが出てくるかもしれない。

個人の生活場面でも、政治参加でも、投票でも、くれぐれも選択を誤らないでほしい、目先の利害にだまされないで欲しいと願っている。
【2005.08.23 Tuesday 12:19】 author : katz
| これからの50年 | comments(2) | trackbacks(3) |
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【2006.02.24 Friday 12:19】 author : スポンサードリンク
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この記事に関するコメント
miyakodaさん。こんにちは。
記事をとりあげてもらって、どうもありがとうございます。
さらに掘り下げてくれた記事を興味深く拝見させていただきました。全く同意です。
それにしても高齢化グラフのインパクトすごいですよね。

それで思い出しましたけど、
データマップ日本「日本経済再生への処方箋」:NHKブックス
はより詳細に全国の市町村をGISで分析しているので、
興味があったら、読んでみて下さい。
| akiller | 2005/08/23 2:35 PM |
国民新党は、そうとうな笑い物になっている、ということが、ここを見てわかった。おもちゃだな、これは。

http://www.geocities.jp/kokiminsinto/

| miyakoda | 2005/08/26 9:14 AM |
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眼に見える政策軸、眼に見えない政策軸(1)
akillerさんのブログ「汝、沈黙するなかれ、北の大地より。」の中の「景気や経済は、もはや日本全体で語るのは難しくなっている。」の項にてこのような文章がありました。 (引用)  JMM、『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第337回】の経済評論
| R_STYLE_NEXT(FROM こむすびコラム IN めぐるす) | 2005/08/23 4:49 PM |
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